日本での寄生虫

現代医学では寄生虫は病原因子として認識され、排除すべき異物として認識されています。

日本では現在は体内に寄生虫である回虫などを持っている人はほとんどいませんが、1950年代までの日本では寄生虫感染率は6割ほどであったとされます。

この後、戦後のアメリカの進駐軍の方針も有り、徹底的に日本人に対する回虫駆除が国で行われました。

特に日本では農業で使用する堆肥に人糞を使用することを太古の昔から行っていたため、欧米諸国より回虫の保有率が高かったのでしょう。

当時の日本人の回虫の侵入経路は、生野菜がほとんどでした。

回虫のライフサイクルは、食物と一緒に口から体内に入り、人間の腸管の中で育ち産卵し、卵は便と一緒に排出され人間の食物である植物に付着するというサイクルで回虫は一生を終えます。

回虫の1回の産卵で、20万個の卵を産むとされ、この大量の回虫の卵が入っている人糞を肥料として畑にまいていたのですから、多くの人が回虫を持っていとことも当然ですね。

ただ、日本人の食生活では生野菜を食べることは無く、煮物や漬物にして野菜を食べていたの直接生野菜から体内に取り込んでいたわけではありません。

戦後の日本では人糞堆肥として使用する事が無くなり、徹底した回虫の駆除が行われたことから回虫のサイクルが断たれ、現在の日本人で回虫を保持している人はいません。

日本で計画的に人糞を集め肥料にしたのは徳川幕府の時代とされ、当時では貴重な食料の生産資材として高値で取引されていました。

人糞が資材として取引されていたことから、当時の日本の都市では人糞が放置されることなく、街は清潔に保たれていました。

同時代の西欧の都市では、人糞は廃棄物であり行政としてそれを処分する事が無かったことから、大都市では悪臭でむせかえるほどであったようです。

都市計画として、下水道が整備されるまで西欧では町中に便が放置されると言う不衛生な環境が続いたようです。

ただこれら便の処理法により蔓延した回虫ですが、人間への外と言えば人間が摂取した栄養を少々横取りする程度で、健康を悪化させるような害を及ぼすものは日本にはありませんでした。

戦後の日本では、回虫保有者が劇的に減少したことと入れ替わるように、昔では存在しなかったようなアレルギー症状などの現代人特有の症状を発症する人が増えていきました。

一説によると、この回虫の保持とアレルギー発症に相関関係があると考えている学者いるようです。

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